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書物の保存・修復のための研究室 laboratory for preservation, conservation, restoration



本を愛する人のための書棚〜archives〜






A DIALOGUE BETWEEN AN AESTHETICALLY-INCLINED BIBLIOPHILE                                  AND A WELL-VERSED-IN-ALL-ASPECTS-OF-THE-CRAFT-BOOKBINDER
〜書物の美に惹かれる愛書家とあらゆる製本技術に精通した製本家との対話〜
土曜日:金箔押しと仕上げについての問答

愛書家:今日はまず、僕の本の装丁を芸術家に手がけてもらうべきかどうかについて、お尋ねしたいんです。どうか親愛なるマスター、こんなことをお聞きしても、僕があなたの腕を信用していないからだなんて思わないでくださいね。あなたは腕の立つ製本職人です。でも、製本家は製本に対して責任を持ち、装飾については芸術家が責任を持つのが筋ではないでしょうか?

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製本家:ちっとも気分を害してはおりませんから、ご心配なく。それに私は芸術家と一緒に仕事をしたことが何度もあります。しかし、せめて製本家の手によるデザインは、必ずしも芸術家のそれよりも劣るわけではない、という点だけは認めていただかなくては。手作業による金箔押しは、書物装飾の中でも最も難しく、相当の技術を要するものなのですよ。こちらへどうぞ、私の道具をご覧に入れましょう。

■ まず、こちらは真鍮のロールです。一番多いもので4本の線が彫り込まれています。細い線、太い線、また細いのと太いのを組み合わせたものもあります。小さな円や点、そのほかの装飾を連ねた模様入りのロールもありますよ。それからこのガウジ──円周の30分の1を形作る押し型で、半径2ミリの小さなものから20センチの大きなものまで揃っています。こちらのキャビネットには装飾のための型押し道具が全部入っています。その隣には色々な長さのパレット、この中にはロールと同じように、ドットや斜めの線といった装飾が彫り込まれているものもあります。

sat1_tools ロール、ガウジ、パレット
左から ロール、ガウジ、パレット
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愛書家:この色々な道具を駆使して、数限りないデザインを生み出すというわけですね。まるでチェスのゲームみたいだな。チェスの駒の動かし方といったら、それこそ数限りない組み合わせができますからね。もちろん金箔押しには、技術とデザインセンスも要るわけですけれど。それにしても、手作業で箔押しをするのに必要とされる大変な手間であるとか、そうして手作業で作られたものと機械による箔押しとの違い、こういうものを見極められる目を持たないといけませんね──どっちがどっちか見分けがつかないこともよくありますもの。ですからもし箔押しをするなら、例えば2本の線がかち合う所なんかで、ほとんど目につかないくらいの不完全さを残して、あなたの”手”の跡を強調してほしいんです。たいがいの愛書家は、そういうのを喜ぶものですよ。

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製本家:まあそうはおっしゃっても、紋章や特別な文字列といった、大きくて込み入った模様を箔押しする時には、ブロッキングプレスを使わないわけにはいきません。

sat2_blockingpress ブロッキングプレス
ブロッキングプレス
 (『Die praktischen Arbeiten des Buchbinders』(1898)より)

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愛書家:いいえマスター、いかなる時でもです。手でやってこそ際立った特色が現れるような作業なんですから、機械の出る幕はありません。製本家が手作業と機械とをそう簡単に取っ替え引っ替えするようでは、仕事の価値を軽く見られても文句は言えないですよ。昔の職人はブロッキングプレスなんか使わずに、大きな紋様や紋章を本に押したでしょう。

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製本家:そうですね。昔の職人たちが要求された身体的努力といったら、現在から見ると超人的なものです。

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愛書家:で、現在使われている道具は昔のよりも小さいですよね──美しさはそのままですが──。大きめの模様や文字を入れるという時に、ちょっと頑張って手作業でやることができない理由が、僕には分かりません。僕はイギリスにいた時、向こうで成功したドイツ人製本家のヨーゼフ・ツェーンスドルフの店へ行ったんですが、そこではひとつひとつ独立した型押し用文字を使って、省略していない完全なタイトルが表紙に箔押しされている本を見ましたよ。あれをやった仕上げ職人は凄い腕前の持ち主ですね。

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製本家:イギリスではハンドレタリングと呼ばれているものですが、この技術はドイツにはないものです。それに、そのために必要なさまざまな大きさの型押し用活字を扱っている店もありません。私は真鍮製の活字を、スタンピングプレスか、ハンドタイプホルダーという道具にセットして使っています。これはタイトルを本の背に1行ずつ押して行くための道具です。もっと大きい文字を入れることが必要な時は、表紙のヒラにもこのハンドタイプホルダーを使います。
sat3_hand_type_holder ハンドタイプホルダー
ハンドタイプホルダー
 (Wikimedia Commonsより)
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愛書家:ほらマスター、機械なしでもできるじゃありませんか。それに、パレットとかガウジについておっしゃっていたからには、デザイン上必要な時には、そういう道具を組み合わせて使うこともできるんでしょう。

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製本家:それはもちろん。しばしば実際にやることでもありますしね。しかし、手作業の箔押し技法についてもう少し説明させてください。製本の行程の中でも、箔押しについては手引書がいくつか出回っていることですから、これについてはざっとご説明するに留めることにして、他のもっと重要な側面に焦点を移してもご理解いただけるとは思います。けれども、箔押しを行う仕上げ職人が覚えておくべき重要かつ細かな注意点は、まだまだ山ほどあるのですよ。例えば直線と大きめのオーナメントから成る縁飾りでは、まず適切なロールを選ぶことが必要となりますし、中央のオーナメントはそれほど複雑ではない押し型を2つ、3つ組み合わせて作ることになります。数種類のドットを何百回も繰り返し押して作るデザインもあります。非常に込み入ったデザインの場合、ほんの少しの押し型を使って、何千という行程を経て作らねばならないこともあるのです。

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愛書家:きっと天金の時と同じように、金箔を革の上に置いて、ロールとかパレットとかスタンプを使って押し付けるんでしょうね。

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製本家:いえいえ、そんなに簡単ではありません。まず最初に、押し型やその他のオーナメントを使って、模様の完成形を作っておかなければなりません。押し型で紙の上に模様を押し、それを薄紙に写し取ったものを本の上に置きます。次に同じ押し型を使って、紙の上から革に模様を押します。それが終わったら紙をどけて、押し跡がついた部分に慎重に卵白を塗ります。卵白が乾いたら、金箔がずれないようにするために綿棒でほんの少しだけワセリンを塗ります。それから金箔を置いて、下の模様が見えるように、金箔を押し跡に密着させます。ここでようやく金箔押しの作業にかかるわけです。

sat4_gold_tooling1 18世紀の金箔押し装飾
18世紀の金箔押し装飾。
 線の交わりがはみ出ていたり、文字が歪んでいる所に職人の”手”の跡が伺われる。

■ 押し型を温め、革に押当てて、金箔をしっかり革に圧着させます。これはずいぶん力のいる作業なのですが、もっと大事なのは、押し型の温度を適度に保つことです──温度が高すぎると革をこがしてしまいますし、低すぎると金箔がくっつきません。保圧時間──押し型を押し付けている時間や、革の湿度も、仕上がりの良し悪しに関わって来ます。卵白を塗った押し跡の上に、温めた押し型をあまり長いこと当てていてもいけません。卵白が乾ききってしまって、金箔が定着しませんから。決定的に重要なのは、良い目、そしてしっかり安定した手元です。正確に、しかも手早く作業しなければなりませんからね。もちろん全てが完璧に仕上がるとは限りません──金箔が破れたり、ひびが入ることもあります。つまり、同じ所に何回も型押しする必要も出て来るということです。複雑な押し型を使う時であってもね。ロールの場合はこれがいっそう難しい。というのも、ロールのデザインには始まりも終わりもないからです。背表紙への箔押しも、たいへん難儀です。

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■ また金箔を使わない空押しでも、なかなか魅力的なデザインを作ることができます。特に自然な豚革のように色合いの明るい革では、空押し部分が焦げ茶色になるのでよく映えます。しかし、均一な茶色のトーンを出すのは簡単ではありません。革を均一に湿らせて、押し型の温度も一定で、革をこがさないように、押す力も一定でなければなりませんから。

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愛書家:今のが全部、箔押しについての話なんですか?僕は箔押しが簡単な作業だと思ってたわけじゃないんです、それに、職人に必要とされる技術、経験、また鋼のごとき集中力の高さには敬意を払います。

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製本家:それに、熱い箔押し用ストーブの横で、1日中押し型の上にかがみこんでいるというのも、あんまり愉快なことではないんですよ。

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愛書家:初めにお尋ねしたかったことというのは、こうなんです。革のオンレイとかインレイとか、もっと他の装飾技法についても知りたいなと思って。

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製本家:そうした装飾の基本となるのも、手作業の箔押しなのです。アラブ世界で行われていた金箔押しが15世紀になってイタリアに伝播した時にこそ、真の意味での書物装飾が始まったのだと言えます。それまでは、本の装飾を手がけていたのは[訳注:製本職人ではなく]金銀細工職人や象牙彫り師でした。金箔が使われるようになる以前の装飾としては、革への空押しやレダーシュニット(レザーカービング)があります。金箔押しの登場によって、表紙装飾は書物における不可欠な要素となったのです。またルネサンスの影響も大きかった。金箔押しだけでなく、革のオンレイやインレイも、もともとはアラブ様式の製本で採用されていたもので、特にインレイは広く行われていました。現代の製本家はどちらの技術も知っていますし、実際に革を紙のように薄く漉いて装飾に使っています。オンレイの部分を金箔押しで囲むこともあります。

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愛書家:マスター。僕は今日ここへ来た時、僕の総革製本のデザインを芸術家に任せるべきかどうかについてお尋ねしました。今やこの問題は、チェス盤のように僕らの間に置かれています。さて、もしあなたの押し型では表現できないものがあった場合には、芸術家の協力を仰ぐ権利が僕にはあると、こう言ってもご理解いただけますね?

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製本家:我々製本家は、創造的な共同作業を敵視したりはしませんよ。しかし、製本家はいつだって、自分たちの手で装飾の手段を創り上げてきたのだということも申し上げておかなければ。例えばファンファール様式、これは16世紀フランスの製本家、ニコラ・エーヴが作ったデザインです。18世紀には、フランスの製本家たちはレースから着想を得て、ダンテル様式を開発しました。17世紀にはル・ガスコンが、点線と曲線から成る華麗なポワンティエ様式を生み出しました。それから我々製本家は、有名な愛書家たちからも多くのインスピレーションをいただいています。16世紀フランスの外交官にして、全ての愛書家の中でも最も有名な人物、ジャン・グロリエの名前はもちろんご存知ですね。彼はイタリアの製本家に、自分の蔵書のための新たな装丁スタイルを作らせたのです。

sat6_fanfare ファンファール様式の装丁
 ファンファール様式の装丁
sat7_grolier グロリエ様式の装丁
グロリエ様式の装丁
(共にWikimedia Commonsより)

■ トマス・マイオリやハンガリー王マーチャーシュ・コルヴィヌス、それから16-18世紀フランスの王や王妃やその愛人たちもまた、有名な愛書家でした。ドイツにも偉大な愛書家がいます──この国には長いこと愛書家が育ちませんでしたが、幸いなことに状況は変わりました。ザクセン選帝侯アウグストは16世紀の人物で、彼のためにドイツで最も有名な製本家、ヤーコプ・クラウゼが多くの上質な書物を製本しました。ドイツの芸術的製本家協会としては最もよく知られているヤーコプ-クラウゼ協会は、彼にちなんで名付けられたのです。フランス、イギリス、それにドイツの有名な愛書家たちの名前はまだまだ挙げることができますよ。

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愛書家:マスター、ありがとうございます。愛書家として恥ずかしくないように、芸術的製本の歴史について勉強しようと思います。おかげさまでちょっとばつの悪い思いをしましたけどね。だって、僕がグロリエやマイオリみたいな愛書家たちと比肩できるわけないじゃありませんか。でも、こう思われませんか。偉大な愛書家たちだけじゃなく、芸術としての書物のためにも、そしてあなたのような製本家のためにも、シンプルな製本にさえ愛着と喜びを感じる、それほど”偉大ではない”愛書家たちというのは、大事な存在なんじゃないかって。

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製本家:まったくおっしゃる通りです。製本家には、その仕事の価値を理解してくれる顧客が必要なのです。この数日間、私はあなたから多くのことを学びましたよ。

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愛書家:僕たちはお互いから学び合い、お互いを励まし合ったというわけですね。この1週間のあいだにあなたから聞いたお話を、僕は全部書きとめておいたんです。これを小冊子にして出版して、製本家やその顧客である愛書家たちの、利用と楽しみに饗することができればと思って。この本に、僕が何というタイトルを付けると思います?この数日間の僕らの対話で出来上がった、この作品を。


THE BONE FOLDER !

sat8_bonefolder ボーンフォルダー

原著は1922年『Der Pressbengel 』のタイトルでベルリンのEuphorion出版より刊行された。
2010年(c)Peter D. Verheyen翻訳
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