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コラム13 <本は遂に断頭台へ追われるのか>   理事 板倉白雨

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  ほんの先ごろから、2.3年前からと言ってもよいが、パソコンや携帯電話などデジタル機器が乱立する物陰から気味悪い囁きが聞こえ始めた。一種、呪文のようなその囁きは、グーテンベルグ以来の「印刷本の賞味期限が切れ(かけ)た」と言っているのだ。
 その囁きの少し前には、マスコミは、若者の活字離れに対して、文化の進歩に背を向ける現象だと出版文化の危機感を煽り、指弾を浴びせた。
 そのマスコミが、今度はiPadの発売に一斉に飛びつき、既存の本の葬送儀式のような報道が過熱しているように思える。もう本の時代は終わったと、まるで、姥捨て山へと本たちが追い立てられているようなイメージが、私には覆いかぶさってくるように思える。
 つい最近、とある勉強会へ出て、座っていた椅子からずり落ちそうになった。その吃驚した訳を聞いてもらいたい。
 勉強会は編集者、デザイナー、組み版製作者といった出版、印刷関係のプロが集まり、主には「インデザイン」という組み版ソフトの使い方や問題点などを現場主義で進めるというものである。今回、「インデザイン」を使ってiPad用のデジタルブックを作れないかとの提案があり、メンバーの一人が早速入手したiPad持参で勉強会を進めた。
結論から言うと、iPadは確かに新しい可能性を秘め、見た目に驚かせるものでは有ったが、マスコミが騒ぎ立てるように世の中を激変させることはない。例えば、テレビがどんなに進化してもラジオは無くならないし、大型テレビが家庭にどんなに浸透しても映画館が今日存在している様に、iPadような情報端末がどのように進化しても、本は無くならないだろう。本好きとiPadの機能性好きは全く別のもので、技術書、マニュアル、解説書などを除いて、多分、読書好きや古書屋巡りに楽しみを覚える本好きは、iPadで本は読まないと思う。
 第一、マスコミの喧伝によるiPadの使いやすさは文字通り表層的なことに違いない。パソコンの基本が判らない人には、ひょっとすると手も足も出ない可能性もある。IPadの函に入っているのは、注意書きと使用法が書かれているだけの紙一枚で他は何もないらしい。充電する方法がすぐ判ったとして、それでスイッチを入れてもiPadがすぐ立ち上がらなかったら、そんなのただの黒い板じゃないか。
 そんな、こんな感想を持ちながら参加していたら、専門家同士の会話(よく判らない専門用語や隠語が飛び交う会なのだが)の中で、場違いだと思える言葉が耳に刺さった。「これ自炊だな・・・」「自炊用の本も出ている・・・」「自炊機1万円から・・・炊飯器もセット・・・」「つまり一人で自炊可能・・・」  

 これは、iPadで閲覧できるある雑誌のデモを皆で見ていた時の会話。この雑誌はiPad用に新たに作られたアプリケーションではなく、既存雑誌を各ページ毎、丸々コピーして、各ページごと一枚づつ画像としてiPadに貼り付けられている。だから、ページを捲りながら各ページを拡大縮小することはできても、テレビのニュースで紹介されているように挿絵や写真が動画のように動いたり、インターネットに接続させれば、文字や絵、住所から他の情報源にリンクして飛ぶ事が出来るいわゆる電子雑誌では無かった。
 この雑誌の様に、単純に本や雑誌をコピー、デジタル化しパソコンなどデジタル機器に取り込むことを「自炊・・・」と言うらしい。
 で、実は、実際「自炊・・・」はどうやるのか聞いた時に、私は椅子からずり落ちそうになったのだ。
 一万円からある《自炊機》とはスキャナーと文字認識機能一体型のコピー機のことらしく、本の背の部分を切り落とし、各ページをバラバラしてその束のまま《自炊機》にほり込むと、両面コピーしてデジタルデータ化してしまうという。こうやって次々と本や雑誌のコンテンツのみが、保存上まことに不安定な、(一瞬のトラブルですべてが霧散してしまう可能性もある)パソコンなどデジタル機器の記憶装置に保存されていく。
 本の背を切り落とす事は断裁するとも言い、断裁機はギロチン。
 つまり、本はギロチンに掛けられてバラバラになりデジタルデータと化してしまうのだ。青ざめた本達が断頭台への階段を追い立てられているイメージが、胸の奥で冷たい塊となって沈んだ。
 「賞味期限が切れた」と陰口を叩かれる本が、コンテンツのみを遺骨のように残し、営々と築き上げた豊かな精神世界もろとも本当に断頭台の露と消えるのだろうか。この現象自体を持ってのみ進歩の証だと口にする人々は、元々、本に対して敬意を払ってなかったように思えるのが私一人だったら寂しい。

 勉強会から帰った日、私は哀しい夢を見た。ストライキも武力反撃もできない本達が、電気を消した私の仕事部屋で黙ったまま天を見上げているのだ。
 本は優れた生の文化財、誇って後世に引き継ぐべき人類の宝の一つだ、と気が付いた人々と連帯を組みたい。iPadのようなデジタル革命はもっともっと進化するだろう。それが人類に新しい豊かさももたらすには違いない。が、断頭台へ本を送ることを、単純に素直に「進歩」だとは断じて言ってはならない。今こそ、本の行く末に目を凝らし、継承されてきた豊かな文化を紛うことなく次世代に手渡すことに精進しようではないか。


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