レポートVol.44     東日本大震災被害-被災文書救出の記録(2)

東日本大震災津波被害 -被災文書救出の記録(2)修復本科 長友 馨

■真空凍結乾燥前の準備作業

0. 概況

被災文書を目にするのは、これが初めてだった。見るも無惨なものもあれば、外から見た限りではほとんど問題ないものまで、状態はさまざま。しかし一見正常な簿冊も、ファイルの表紙を外してみると中の背の部分にびっしり砂が入り込んでいたりする。さらに状態がひどいものは、泥の上でカビが白い菌糸を放射状に伸ばしている。漁港の匂い…とでも言おうか、磯の香りに重機の油のような臭気が微かに混じった匂いがする。そして、簿冊の1冊1冊が水を吸って重い。

冊数があまりに多いため、可能な限り効率よく、必要最低限の処置で作業を進める方針だった。現場ではたびたび「野戦病院のように!」という声が飛んでいた。

1. 簿冊の検分

まず、コンテナから簿冊を取り出して検分する。検分の内容に応じて、必要な場合は「水洗い」および「分冊」を指示する札を置いていく。

  • 泥をひどくかぶっているものには、表面の泥を水洗いするよう指示する札を置く。この段階での洗浄作業は、表面の泥が飛散して新たな汚損を生じたり、真空凍結乾燥後に粉塵が作業の障害となるのを避けるために行う。中の泥は、乾いてから落とす。したがって、ここでは表面の状態のみ確認し、決して中は開かない(開くとかえって、紙を破損するおそれがある)。
  • 簿冊が分厚い場合は、何分割するか指示する数字が書かれた札を置く。分冊作業を行うのは、使用する真空凍結乾燥機によってはサイズの制限があり、物理的に入らないことがあるためである。大型の機械を使用できる場合、または薄い資料のみ扱う場合は、これ以降の分冊に関連する手順を省略できる。

    ※分冊は手間がかかるためできるだけ避けたくなるが、機械にギリギリ入るようであっても分冊した方がよいようだ。真空凍結乾燥後の作業で見た厚手の簿冊の中には十分に乾いていないものがあった。分冊して薄くしていれば、もう少しよく乾いていた可能性がある (ただし、乾ききらなかった原因は厚みだけではなく、紙質などが関わっている可能性もある)。

2. タグ/ラベルの作成

上の工程で「分冊」を指示する札が置かれた簿冊には、それぞれの分冊に付けるタグおよび表紙ラベルを作成する。

  • 記入項目は、簿冊が入っていたコンテナの番号、簿冊番号、分冊の枝番 (1/n~n/n) とした。
    たとえば、コンテナ O122 の簿冊 W1463 を 3 分割する場合、「O122 W1463 1/3」、「O122 W1463 2/3」、「O122 W1463 3/3」と記したタグと表紙ラベルを作成している。
  • 表紙ラベルは、簿冊と同じサイズのコピー用紙にパンチ穴を開けたもの。タグは市販の荷札(Yupo荷札) を使用した。水洗いが生じる可能性があるため、記入は油性のペン、または鉛筆で行う。
  • この作業は、時間の都合で手書き+人海戦術で行われたが、IT等を活用してもっと改善することが可能なはずである。全自動の完璧なシステムを開発する必要はなく、一部はヒトがフォローするような半自動のシステムで十分。このようなシステムを迅速に開発/修正できる人員や体制が望まれる。
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3. 分冊/仮綴じ

分冊タグと表紙ラベルが作成されたら、簿冊とラベル類を分冊作業班に回し、簿冊を複数に分割して、それぞれを仮綴じする。

  • 今回、分冊対象となった簿冊のほとんどは、厚紙表紙にプラスチック/金属製の綴じ具が付いた事務ファイルだった。そのため、解体自体は容易で、ファイルの綴じ具と表紙を外すだけで簿冊は中身だけになる。外した表紙は別所に保存しておく。
  • 中身を指定の数に分割し、それぞれに対応する表紙ラベルを載せる。その後、各分冊に対して、綴じ穴の1つ (紙が弱っている場合は2つ) に紐を通す。このとき、底部には綴じ穴の保護用に、パンチ穴を開けた短冊状の紙片を入れておく(右上図参照)。
    最後に紐を結わえれば、分冊完了である。
  • このように記すと特別難しくはない作業だが、一連の作業の中では一番煩雑な工程だった。穴に紐が通りにくかったり、ラベルや保護紙を入れ忘れがちになったりと、作業に慣れが必要。
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  • 仮綴じ作業の当初はプラスチック製の綴じ具を使用していたが、効率の悪さ、部材調達の手間、高コスト等の理由で使用を中止し、コシの強い紙紐を用いるようになった。ただし、水洗いが必要な簿冊は紙紐ではなく、水に強い綿テープで綴じている。

4. 水洗い

検分の段階で、泥がひどく「水洗い」と指示された簿冊は、表面を水洗いする。

  • 水を含ませたたわしや柄付きブラシで表紙および小口の泥を落とす。洗うのは表面だけ。前述したように、表面の泥が飛散して他の簿冊を汚染したり、乾燥後の粉塵が作業の障害になるのを避けるのが目的である。
  • 水を溜めた洗い桶を用意し、その上で汚れを落とす(桶の中に泥を落としていく)。簿冊を桶の中に浸して洗うわけではない。簿冊は手で抱えるか、桶の上に板を渡すなどして、その上に置く。
  • 水洗いの際、内部は決して開かない。水が内部に入り込まないよう簿冊を手できつく押さえたうえで、常に小口が下になるように傾けた状態を維持して洗う。水濡れをさらに進行させたり、もろくなっている紙を破損、逸失しないよう十分に注意する。
  • 紙ファイルの表紙を外し、中身だけになった簿冊は、薄手のベニヤ板で上下を挟んで押さえつけ、中身に水が染み込まないようにする。今回の簿冊の中には布表紙 (ハードカバー) のバインダーもあったが、この場合は表紙が付いたままの状態で、表紙をきつく押さえて洗った。
  • 簿冊は水を含んでいるため、相当な重量になる。それに加え、簿冊を押さえつけたり、傾けた状態を維持したりと、結構な体力仕事だ。今回は分量が多いため、時間も長くかかる。力の強い人を優先的に配置するなど、人の回し方に工夫が必要。
  • 洗い桶の水はすぐに茶色く汚れる。4~5冊洗うと、水の交換が必要になるような具合だった。水を捨てるときは、砂利をザルに受け、下水管が詰まらないようにする。
  • 洗い終わった簿冊は、すのこ等の上に置いて乾かす(完全にではなく、水を切る程度)。この際、水が内部に染みてこないよう、小ぶりの角材を枕にして、前小口が斜め下を向くように置く。
  • 洗いの作業は水を使うため、水洗い専用の部屋で行われた。かなり水が飛び散るため、別室を用意するか、時間を完全に分けるなどして、他の文書に水がかからないようにするのが望ましい。

5. 包装

ラベリング、分冊、洗いが完了した簿冊は、MOBと呼ばれる耐水紙にくるみ、その上から紐で結わえる。このときMOBの上から、確認しやすい場所にYupoタグを付ける。これで真空凍結乾燥前の準備は完了。

なお、真空凍結乾燥機には、このMOBでくるんだ状態のまま入れることになる。

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  • MOBの優位性や、何の略称かなどは聞くのを失念していた。機能的にはクッキングシートなどで代用できる可能性もあるが、真空凍結乾燥担当者との相談が必要と思われる。
  • 書物研が参加する前に行われた大船渡市の簿冊の作業では、カビの繁殖を抑えるため、包装の前にエタノール浸漬が行われた。ただし書物研参加時の作業では、簿冊の量と時間の兼ね合いで、このプロセスは省略されている。

6. 搬送

以上の作業が完了したら、現場の責任者がコンテナに簿冊を詰め直す。すべての簿冊をコンテナに詰め終わったら、トラックで真空凍結乾燥機のある工場へ向かう。

なお、コンテナは「プラスチック製」のケースを使用する。濡れた簿冊からは水が染み出すため、普通の紙の段ボール箱では輸送時にトラブルが発生するおそれがある。

■ 真空凍結乾燥後の作業

0. 概況

前記の真空凍結乾燥の準備作業が完了してしばらく経った後、乾燥して戻ってきた簿冊のドライ・クリーニング作業を手伝うことになった。

前回と異なり、1ページずつ開いていくため、1冊に対する時間ははるかに多くかかる。その代わり…ということもないが、前回のようにさまざまな種類の作業が混在することはなく、1冊1冊クリーニングだけに専念できる。

既に乾いているおかげで重量こそかなり減ったが、表紙を開いてみると、「よくこんなところにまで」と思うほど泥や砂が細部にまで入り込んでいる。しばしば現れる全面泥のページにうめき声が上がる。そして、マスクをしていても防ぎきれない細かなチリとホコリに、ノドと目が痛む。一日の作業が終わり、鼻の穴をティッシュでぬぐってみると、真っ黒な滓がティッシュにこびりつく。

1. 作業記録シート

コンテナから簿冊を取り出したら、作業記録シートにコンテナ番号と簿冊番号、作業担当者名を記入後、実作業を開始する。このシートには、クリーニング以外に行った修復作業や簿冊の状態、注意点などについても記入する。

2. 道具

今回の作業はいわゆるドライ・クリーニングで、ブラシ等の道具のみ使用し、水や洗剤・溶剤の類は使用しない。使用したブラシ類について以下に記す。

  1. 細い金属 (針金) 毛のブラシ。絵筆に似た形状、大きさである。布表紙や金具類にこびりついた泥や汚れに用いる。
  2. 緑色のプラスチック毛の柄付きブラシ。デッキブラシの毛に似ている。毛足は2cm程度。紙に付着した通常の泥や汚れに用いる。袋綴じになった紙の内部に入り込んだ泥には、このような柄の長いブラシが必須。
  3. 太いプラスチック毛のブラシ。絵筆に似た形状、大きさである。毛のコシが強い。固くこびりついた泥を落とすのに用いる。
  4. 天然毛 (おそらく植物繊維) の柄なしブラシ。洋服ブラシや靴磨き用ブラシのような形状。写真のブラシは大きいが、この半分程度で手の平に収まる大きさのブラシも使用した。比較的柔らかい毛で、毛足は4cm程度。毛の植えられた面積が広く、紙全面に泥が付いている場合などに作業が速く、泥もよく落ちる。ただし、紙との接触点が多いせいか、力を入れすぎると、思った以上に紙を削ってしまうきらいがある。
  5. 竹べら、スクレーパーなど。強くこびりついた泥、汚れを落とすのに用いる。
  6. サッシ掃除に用いるような毛足の長いプラスチック毛の刷毛状ブラシ。毛足は長く、5~6cm程度。ノド (本の綴じ代の奥まったところ) の掃除に力を発揮する。使い慣れれば、それ以外の用途でもオールマイティに。ただ、固くこびりついた泥を落とすような場合にはコツがいる。
  7. あかすり手袋。これは本プロジェクトの最終盤になってから使い始めた。
    時間不足を少しでも補えるかと苦し紛れに採用したのだが、想像以上に具合がよかった。ナイロン/ポリエステル製、5本指の製品を選ぶこと。作業全体の8~9割はこれだけでまかなえ、速度が10~20%程度向上した印象。また、目視で確認した限りでは、柄なしブラシなどより紙の傷みも少ない。
    欠点は、100円ショップでしか手に入らず、入荷が安定しないこと (スーパーなどで同種のものを探したが、5本指の製品は見つからなかった)。短期間しか使用できなかったため、耐久性も不明だ。
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道具類は、考古学や文化財保護の現場で、実際に使用されている道具とのことだった (あかすり手袋を除く)。ブラシ類はホームセンター等で購入できるが、竹べらの先端は学生たちが自分で削っているとのこと。一般的な書物修復で使う道具とは若干毛色が異なり、見た目は荒っぽいが、泥の付いた文書を大量にさばくのに適していた。

ただし、道具を用意してくれた大学も水損文書を処置した経験はあまりないとのことで、道具類にはまだまだ研究/検討の余地があると思われる。泥の質が異なると、上記の道具では通用しない可能性が大いにある。

3. クリーニングの流れ

冊数はあまりに多く、時間はあまりに少ない。今回のドライ・クリーニングの作業でも「野戦病院のように!」という声が何度もかかった。およそ次のような方針で作業を行った。

  • まずページが無事に開くことを確認する。急速な乾燥によるのか、ページが軽く貼り付いたようになっていることがあった。その逆に、ページが乾ききっていないケースも多かった。いずれの場合も、ページを慎重に引きはがす。
  • 泥がほとんど付いていないようなページは、すかさずスルーしていく。汚れの程度を見極める素早さが処置速度につながる。
  • 泥をはじめとする固形物はブラシではらい落とす。なお、泥自体は落ちても色が若干残るが、ある程度は残るものとしてスルーする (色素はブラッシングだけで落ちる代物ではない)。むしろ、ブラシをかけるときは力をいれ過ぎないよう注意する。ごく普通にブラシをかけたつもりでも、思いの外、紙が削られていることがある。
  • 一部の例外を除いてカビは死んでいた不活性化していたが(※真空凍結乾燥により、カビは必ずしも死ぬわけではなく、「不活性化」に記載を改めた。改訂:2017/02/06)、紙の繊維内に存在する色素や跡は残る。これもブラッシングでは落とせない。ただし、黒い粉のようなものがふいているのはカビの胞子で、このようなものは落とす (ブラシではらい落とせる)。
  • 簿冊には、泥が1mm程度、小口を覆うように付いていることが多い。このような場合は、小口を斜めに傾け、複数枚の泥を一度にブラシで掃き落とすとよい。
  • 布表紙 (ハードカバー) バインダーの簿冊には、中央にがっしりした金属製の金具が付いていた。その狭い隙間に入った泥が落としにくい。結局、簿冊を手でバシバシと叩き、その振動で泥を落とすような形となった。…相当荒っぽい手法だが、こうでもしないと時間がかかってどうしようもなくなる (文化財ではないから許される、という側面はあるかもしれない)。もちろん少々叩いても、破れたり壊れたりしないことは把握したうえで行っているし、力の加減もしている。
  • 厄介だったのは、乾ききっていない簿冊。泥を落とすのに神経を使うのはもちろん、ページをめくるのさえ一苦労だった。このような簿冊の生乾きは、サイズや種類が異なる紙が混在しているとよく発生するようだった。
  • 最終盤の作業で扱った簿冊には、真空凍結乾燥の処置後に発生したと思しきカビが散見された。色素が残っているのでも黒い胞子でもなく、菌糸らしきものが確かに生えている。乾燥処置後の保管状態が悪かったのか、あるいは乾燥前の準備作業でエタノール浸漬が略された影響なのか、原因ははっきりしない。これらは念入りに処置したが、保存状況によっては今後が懸念される。
  • 簿冊とは別に保存してあった紙ファイルの表紙も、同時にクリーニングする。特別な要素はなく、通常の道具で泥を落とす。

4. ラベル類

今回扱った簿冊には、分類用のラベルや付箋が多く使用されていた。水をかぶったことで、これらが剥がれたり、剥がれる寸前の状態になっていることが多い。このようなラベル類もケアする必要がある。

  • 剥がれたラベル類が元々貼られていた場所がわかる場合、スティック糊で貼り直す。場所がわからない場合は「不明ラベル」として処理した。不明ラベルは、コンテナ/簿冊番号を記したMOBにくるんで簿冊に挟み込むか、小袋に入れて簿冊とは別にまとめて保管する。
  • 可逆性の点でやや問題があるのは承知しているが、あえてスティック糊を使用している。デンプン糊を使用すると乾かすための手間と時間がかかるためである。糊による染みや不要箇所の接着などの事故を回避するねらいもある。(ラベル類は事務用品のシールや付箋が多く、そもそもが合成糊と考えられる。確認したわけではないが、これもスティック糊採用の理由かもしれない)。
    なお、使用した製品は、プリット(Pritt)。この製品は主成分が植物由来で、販売元のプレスリリースによると「有機溶剤や主成分に石油系化合物を使用しておらず、服についても30度のお湯できれいに洗い流すことが可能です」とのことである。
  • 不明ラベルの扱いが、作業のボトルネックになった。外部作業員には最終判断ができず、現場の責任者に逐一指示を仰ぐことになる。が、ラベルの性質や状態はさまざまで、判断がわかれて統一した対応がとれない。不明ラベルはすべて、簿冊番号を記した小封筒に入れて簿冊の最終ページに挟み込む、といった処理に統一するなど検討の余地がある。また、ラベルの種類と処置方法を示すサンプルや指示書を作成しておくとよいように思われる。
  • 不明ラベルを処置した場合は、対処した旨を作業記録シートに記入する。

5. 見返しの補修

布表紙の簿冊では、見返し部分が壊れているケースが多かった。これもスティック糊で最小限の補修をしている。
見返しを補修した場合は、作業記録シートにその旨を記入する。

6. 合本

紙ファイルの簿冊は、大半が分冊されていた。したがって、クリーニング完了後、合本する必要がある。

特にこれといったテクニックがあるわけではなく、まずパンチ穴に竹串を通し、その後を沿わせるようにファイルの綴じ具 (紐状のプラスチック部品) を通す。クリーニングの過程で穴がずれているため、すんなりとは通らない。難しいわけではないが、いらだたしい作業である。また、分冊の順番 (上下) を間違えないように注意が必要。

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合本することで表紙がかぶさる形となり、クリーニング作業は完了となる。

お知らせ

『図書の修理とらの巻』平成29年8月16日発行
第四刷決定。現在続編執筆中です。未綴じ本残部少々あります。
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